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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)748号 判決 1974年4月19日

原告 山下憲之

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 鶴見恒夫

被告 名古屋鉄道株式会社

右代表者代表取締役 土川元夫

右訴訟代理人弁護士 加藤博隆

同 加藤隆一郎

主文

一、被告は、原告山下憲之、同山下もと子、同松本正之、同松本潤子に対し、各金二九八万三、二一五円、および右各金員に対する昭和四七年一一月二九日から各支払ずみまで、各年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告は原告ら各自に対し、夫々金三〇〇万円、および右各金員に対する昭和四七年一一月二九日から各支払ずみまで、各年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1、原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

2、訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、被告は地方鉄道法ならびに鉄道営業法にもとづき鉄道運送を営む者である。しかるところ、昭和四七年一一月二八日午後零時二八分ごろ、被告が経営する名鉄名古屋本線の名古屋市南区呼続町八丁目六〇番地付近、本笠寺駅北方約二八〇メートルの下り線路上において、被告会社の運転手訴外早川裕之運転の蒲郡発新岐阜行特急電車(四輛編成)が訴外亡松本みゆき(昭和四四年一二月一日生れ)および訴外亡山下智美(昭和四五年三月二五日生れ)の二名を轢過し、訴外亡松本みゆきは前頭骨陥没骨折、頭蓋底骨折、脳挫傷、胸部圧挫傷、肋骨骨折等により即死し、また訴外亡山下智美は後頭部陥没骨折、頭蓋底骨折、脳挫傷、左手首右足首各切断等により、同日午後五時三八分死亡した。

2、右事故にもとづく被害について、後記のとおり、被告は第一に、民法七一七条による土地の工作物の瑕疵の存在、第二に、仮にそれが認められないとき、被告の被用者たる本笠寺駅員訴外深谷範男の過失による不法行為につき、民法七一五条の使用者責任により、原告らに対し損害を賠償する責任がある。

(一) 右事故の生じた電車軌道およびこれに付帯する設備は被告の占有するもので、これが土地の工作物であることも勿論であるが、該設備には事故当時に次のごとき瑕疵があった。

事故現場付近(本笠寺駅と桜駅との間)ことに線路西側は軌道敷地に接してアパートを含む人家の密集するところで、付近居住民の人口密度も極めて高い。他方、ここの軌道を通過する電車は、昼間で一時間に上下線ともで平均三〇本以上もあるという危険地帯である。そこで線路と交差する道路のあるときは、横断通行に供される踏切りには完全な踏切保安設備を設置し、また、横断通行に供されないところでは(本件はこの場合)立入を阻む完全な防護柵を設置し、もって電車線路という最高度に危険性をもつ工作物について瑕疵なきを期すべきものである。

しかるところ、本件事故現場の本笠寺駅寄りのところに線路西側から幅約一メートルの通路が線路に交差しており、この通路からは線路の横断通行をさせないため、通路と線路の間には四本の枕木材で杭を打ち、杭間に有刺鉄線が張られ防護柵が設置され、線路内への立入りを阻んでいた。ところが右事故の当日、杭間の一つの鉄線が取り去られていた。被害者二名はこの杭の間を通り抜けて線路内に立入ったため、本件事故に至った。すなわち、右保安設備たる防護柵は、現実にあった各杭間の有刺鉄線が一杭間だけ取り去られていた以上、取り去られていたこと自体明白な瑕疵であるうえ、そもそも防護柵全体としても人間の通過を可能ならしめるものであれば瑕疵と言わねばならない。

(二) 本件事故発生の直前、加害電車とは反対方向に向い事故現場対向軌道を通過した上り新岐阜発蒲郡行特急電車は、停車駅でもない前記本笠寺駅で臨時停車し、該電車の運転手訴外小笠原弘は、同駅駅員に対し踏切りの向うの線路内で子供が遊んでいて危険である旨伝言した。これを聞知した同駅信号係訴外深谷範男は、直ちに同駅を通過する下り電車および上り電車の後続電車に信号指示その他の手段で連絡して一時停止または徐行させる措置をとるべき注意義務があり、また、のちの通過電車が来る前に時間的に余裕があるならば、危険方向に走って相当の探索をし子供を避譲させるなどの注意義務があった。

しかるに、右訴外深谷範男は同駅から約一〇〇メートルほど先まで行って見ただけで同駅に戻り(その戻る途中加害電車とすれ違っており走り探索した時間わずか約二分以下)、漫然放置し前記注意義務を怠った。

それ故、本件事故は、右に述べた信号係訴外深谷範男の過失にもとづき発生した不法行為といわねばならないところ、同訴外人は被告会社の被用者であり、被告会社の職務に従事中に行われた不法行為であるから、被告会社は民法七一五条による損害賠償責任がある。

3、原告山下憲之と同山下もと子は被害者訴外亡山下智美(以下亡智美という)の父、母である。また、原告松本正之と同松本潤子は訴外亡松本みゆき(以下亡みゆきという)の父、母である。そして、本件事故による損害はつぎのとおりである。

(一) 逸失利益

亡智美は二年八か月、亡みゆきは二年一一か月で死亡した。

その就労稼働可能年数は二〇才から六三才までの四三年間であり、昭和四六年度の労働省労働統計調査部の賃金センサスによれば、同年における女子労働者の全国企業計、学歴計における平均給与額は別表のとおりである。したがって、これを控えめにみて月収平均金四万円、必要生活費はその五割とみるのが相当であるから、毎年の得べかりし純益は金二四万円である。これを二〇才から六三才まで四三年間死亡により喪失し同額の損害を受けたわけで、年別ホフマン式計算方法で年五分の中間利息を控除した現価を求めるとその額は、被害者それぞれ金三六六万六、六七二円〔240,000円×(27.3547-12.0769)〕である。

(二) 慰藉料

被告は、鉄道という人命に最高に危険をもたらす設備を利用しつつ、巨大な利益を収める企業である。この巨大企業の危険よりもたらされた幼い命の犠牲については、専ら被告企業側の責任として処理されるべきである。他方、被害者二名の死にかたは見るも無惨であり、はた目にも眼を覆うものであった。まして、血を分け、生後から二年何か月という養育期間に、昼夜を分たず愛情と労苦を結晶させてやっと育てた子、その子に対する両親の悲痛は言語に尽せないものである。原告らは何れも夫婦親子の平和なささやかな生活を享受する以外、他に人生の幸せを求めうるような境遇ではないので、本件事故による不幸は苛酷にすぎるものがある。その他、諸般の事情を考慮して、精神的損害に対する慰藉料は被害者各自に各金一〇〇万円、父母各自に各金一〇〇万円を下らないものと言わねばならない。

(三) 弁護士費用

被告は損害賠償責任を一切認めないという態度を示したため、原告らは止むなく原告ら代理人に本訴の提起追行を依頼せざるをえなくなった。そして、原告山下憲之および同松本正之は各自本訴の印紙代を含め費用および手数料として各金七万五、〇〇〇円づつを支払い、また、原告ら四名は第一審判決の勝訴額の各一割を報酬として支払うことを約定しているので、その報酬額のうち四名各自につき金二五万円宛は被告の賠償すべき金額である。

(四) 控除額

被害者の逸失利益の賠償を求めるとき、扶養義務者たる原告らがほんらい扶養必要費として支出すべきものを免れた以上、原告らはこれを損害額より控除すべきだろうと考える。しかるとき、被害者各自につき、成年に達するまでの一八年間(正確には一七年余だが端数を被告に有利にとる)控除相当額として毎月金六、〇〇〇円宛、一年毎に金七万二、〇〇〇円の支出を免れたと解されるので、その中間利息を引いた現在高を算定すると被害者各一名につき金九〇万七、四三〇円となる(72,000×12.6032)。そこで、原告ら四名各自については各金四〇万三、七一五円が控除額となる。

(五) 請求損害額の集計

① 亡智美および亡みゆきの各逸失利益および慰藉料各金四六六万六、六七二円

原告らは、各自右の二分の一を相続

② 原告ら四名の固有の慰藉料

各金一〇〇万円

③ 原告ら四名の弁護士費用支出損害

原告山下憲之、同松本正之各金三二万五、〇〇〇円

原告山下もと子、同松本潤子各金二五万円

④ 以上合計

原告山下憲之、同松本正之各金三六五万八、三三六円

原告山下もと子、同松本潤子各金三五八万三、三三六円

⑤ 免れた扶養費の控除を相当とする額

原告ら四名につき各自金四五万三、七一五円

⑥ 差引実損害額

原告山下憲之、同松本正之各金三二〇万四、六二一円

原告山下もと子、同松本潤子各金三一二万九、六二一円

以上のとおりの原告らの損害について、原告らは被告に対し損害金の内金として各金三〇〇万円宛、および右各金員に対する事故の翌日である昭和四七年一一月二九日から支払ずみまで、民法所定各年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴請求に及んだ。

二、請求原因に対する認否

1、請求原因1の事実中、被告が鉄道運送を営業していること、原告ら主張の日時ころ、名鉄名古屋本線本笠寺、桜駅間(豊橋駅起点五八・四五キロメートル付近)で、原告ら主張の電車に亡みゆきおよび亡智美が接触し、右両名が死亡したことは認める。傷害の部位、態様は不知。

2、同2の事実中、(一)につき、被告が事故発生地点の軌道および付帯設備を占有していること、付近に人家および居住民が相当稠密に存すること、通過電車の頻度も相当高いこと、事故地点付近の道床西端に四本の杭と有刺鉄線による柵が設置され、事故当時その有刺鉄線の一部が取り去られていたことは認め、その余は否認し、責任の存在は争う。

すなわち、一般人の鉄道用地内立入は鉄道営業法により禁止され、何人も(事理弁識能力なき者については、その監督義務者が)これを順守することが要請されているのであるから、鉄道としては人間の用地立入を物理的に完全に不可能とする設備をするまでの義務はない。(二)につき、本件事故発生前、同地点を反対方向に通過した上り特急電車運転士訴外小笠原弘が原告ら主張のとおり、本笠寺駅に臨時停車の上、駅員に伝言したことは認める。但し、同運転士の認めた子供が被害者らであるか否かはにわかに断定できない。右伝言を受けた駅員訴外深谷範男は、直ちに北方(桜駅方向)を注視しつつ同方向に上り線に沿い走った。同方向は本笠寺駅ホーム北端付近より直線であり、事故地点は勿論、桜駅北方まで見通しが効くが、同人がホーム北端より約一〇〇メートルの本笠寺一号踏切の北側にある非常発光信号スイッチの更に一〇数メートル北方まで走り、異状があれば直ちに右発光信号を作動させる態勢で同所で暫時佇立確認するまでの間、被害者その他の者が線路内に立入っている事実はなかった。よって同人が南方へ数メートル引返した際、下り特急と行違い直後下り電車運転士訴外早川裕之が左方より線路内に立入りつつある被害者らを発見したものである。従って、訴外小笠原運転士発見の子供に対する危機は、同運転士の通報直後既に消滅していたものであり、更に進んで線路外にまで探索を及ぼさなければならない注意義務はない。

それ故、訴外深谷範男が被告の被用者であり、事故当時被告の業務に従事中であったことは認めるが、同訴外人に本件事故を発生させた過失のあったことは否認する。

3、同3の事実中、原告らと被害者らとの身分関係は認めるが、(一)、(二)の各主張は争う。(三)の訴訟委任の点は不知であるが、右金額中に本訴印紙代等訴訟費用に含まれるべき金員が含まれているとすれば、これを本案請求の損害額に算入するのは不当である。

三、抗弁

仮に被告に損害賠償義務が認められるとしても、本件事故の主因はむしろ法令上も違法であり、社会常識上も危険である被害者らの線路内立入を放任した監督義務者である原告らの過失にあるというべきである。

よって右事実を損害額の算定に当り考慮すべきである。

四、抗弁に対する認否

幼児である以上、両親に監護の注意義務が要求されることは認める。しかしながら、本件事故当時、道床内に立入ることは通常なら不可能か著しく困難な防護柵があったし、また自宅と現場までは約一五〇メートルを歩いてたどり着く地点で母親が暫く子供に目を放したとしても道床内に至ることは予測し難いところであった。また、原告らの家庭では日頃、幼児を放置することがなく、十分に注意した。すなわち、本件では、事故のとき、一方の母親原告松本潤子は生後九か月の子供を見ながら洗濯をしており、他方の母親山下もと子は頭痛であったが子供は見張っていた。そして、いずれも子供には、遠くへ行かないこと、すぐ帰ることを当日も言い聞かせており、しかも、アパートの空地、自動車の通らぬ隣りの露地に居ることを確かめており、正午を過ぎなおしばらく幼児二名を見届けていた。それが僅かに(おそらく一〇分前後と思われる)姿を見なかった間に本件事故となったのである。監護不行届とは到底思えない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因1の事実は、亡みゆき、亡智美の受傷の部位、内容の点を除き当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右両名の受傷の部位、内容が原告ら主張のとおりであることが認められる。

二、そこで、原告らは、第一次的に民法七一七条の土地の工作物の瑕疵の存在を主張するので、この点につき判断する。

被告が、事故発生地点の軌道および付帯設備を占有していること、付近に人家および居住民が相当稠密に存すること、通過電車の頻度も相当高いこと、事故地点付近の道床西端に四本の杭と有刺鉄線による柵が設置され、事故当時その有刺鉄線の一部が取り去られていたこと、は当事者間に争いがない。

前記争いのない事実ならびに≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

本件事故現場は、名古屋市南区呼続町八丁目六〇番地の南北に通じる名鉄名古屋本線(以下名古屋本線という)軌道敷内で同所は名鉄本笠寺駅北方約三〇〇メートルに位置し、同所の東方約一〇〇メートルには、名古屋環状線道路が、同所西方約一、〇〇〇メートルには国道一号線がいずれも名古屋本線とほぼ平行に走っている。

現場南方約三〇〇メートルに位置する名鉄本笠寺駅の下り線プラットホームの長さは約一二〇メートルで、同プラットホーム南端から約七〇メートル南方には速度指示八〇の標識が設置されており、同プラットホーム北端から北方約五〇メートルの地点に速度指示九〇の標識が設置され、同プラットホーム北端から約一一〇メートルの地点には本笠寺一号踏切があり、本件事故現場は、同プラットホーム北端から約二七〇メートル北方に位置する。

本笠寺駅下り線プラットホームほぼ中央付近から北方は、線路はほぼ直線となり、同所から北方名鉄桜駅までの見通しは良く、同駅プラットホーム北端に停止させた本件事故を起した電車と同型の電車の運転士席の運転士の目の高さから見ると、事故現場に設置した高さ一〇五センチメートル、幅四五センチメートルのベニヤ板製人形をはっきり確認することができる。

また、名古屋本線を通行する特急電車の本笠寺駅および本件事故現場付近における速度は時速約八〇キロメートルで、この時における本件事故車両と同型同編成の電車の通常の制動距離は約二八〇メートルである(但し定員の約六〇%の乗客が乗車中として計算)。

本件事故現場の名古屋本線の東側および西側付近は、古い枕木を用いた柵および土盛りで一般民家と区別されており、その付近一帯はいわゆる一般住宅の密集する住宅街である。

現場の名古屋本線軌道敷の東側の柵の外側は住宅との間が空地となっており、他方西側の柵の外側には名古屋市南区呼続町八丁目九五番地訴外山賀正留方の民家があり、その民家の南側には幅員二・五七メートルの道路が西側から軌道敷に向って通じ、軌道敷の盛土との関係でやゝ登り坂となり軌道敷のところで行止りになっている。この道路と軌道敷の接するところには最西端レールの西方一・五メートルの位置に北側の二基の信号ボックスに並んで線路と平行に約五〇センチメートル間隔で六本の古い枕木が柵状に立てられ、本件事故当時、その南側から四本の枕木柵間には高さ約一メートル程のところに横に有刺鉄線が張り渡されていたが、北側から三本の枕木柵間には以前有刺鉄線が張り渡されていた痕跡が認められるが、当時何者かによって切断され、有刺鉄線の切れ端はそれぞれ柵の枕木に巻きつけられ、柵間から人の通行が十分可能な状態にあり、現に右柵間を通って大人が線路を横切ることがときどきあった。

そして、本件事故の被害者である亡みゆき、亡智美が本件事故現場に立入った侵入口は右枕木柵の間であることが≪証拠省略≫により認められそのなかでも、亡みゆき、亡智美の年令、通過の容易性等を考慮すると前記の有刺鉄線が取り去られていた部分から右両名が立入ったものと推認される。

このように、柵の有刺鉄線の切れ目から幼児が軌道敷内に立入り、その結果本件事故が発生したことは、付帯設備を含めた電車軌道に瑕疵が存したことを一応推定せしめる。

ところで、電車運行のための専用軌道と、一般道路ないし民家との境に設けられる柵は、本来電車運行の確保と付近住民の身体生命の安全とを確保するために存するものであるから、その目的を達成するに必要且つ十分なものであるべきであって、もし、その目的確保のため不十分なものである場合には、被告の過失の有無を問わず土地の工作物たる軌道施設の設置または管理上の瑕疵があるものとして、民法七一七条所定の帰責原因となるものといわなければならない。

そして、右を判断するに当っては当該柵付近の電車進路手前からの見通し状況、電車通行回数、通行電車の速度、制動距離、事故現場付近の人口密集度等の事情が総合的に考察されなければならない。

これを本件について考えてみるに、前記認定の事実から、本笠寺駅の中央付近を通過する際の特急電車からは、本件事故現場付近の見通しがきき、同所で直ちに急制動の措置をとれば、本件現場まで約三三〇メートルあって時速約八〇キロメートルで進行中の特急電車であっても現場直前で停止可能であり、また、本件現場は、本来、道路と軌道の交差するところとして人車の通行の許されるいわゆる踏切ではないのであるから、その意味で本件の如く古枕木の柵のみで、有刺鉄線の欠けるところがあった場合でも直ちに軌道としての施設に瑕疵があったものということはできない。しかしながら、前記認定の如く、現場付近は人口密集地帯であること、特に枕木柵のところまでは幅員二・五七メートルの道路が通じ、あたかも道路が線路によってさえぎられる状態となっているため、線路東側へ近道を通行しようとする大人が有刺鉄線を切って立入るおそれがあり、現に人為的に切られている状態にあったこと、付近住民の中には必ずや事理弁識能力を欠きまたは劣る幼児・児童等が含まれ、右有刺鉄線の破れ口から立入るおそれのあることが当然予想されること、名古屋本線の現場付近通過電車の頻度も相当高く、幼児・児童等の中には電車の制動距離内に突然立入ることも考えられ、そのときには、運動能力に劣り、あるいは体重が軽いために直接車両に触れる距離に居なくても、風圧で跳ね飛ばされあるいは巻き込まれる等事故発生の危険が多分に存すること等を考慮すれば、本件現場付近においては人の完全なる立入阻止の施設は必要ないまでも、破られやすい古枕木と有刺鉄線の柵ではなく高さ一メートル程度の金網を張った柵を設けてしかるべきであったと言わなければならない。しかして、この点に欠けるところがあった以上本件現場付近の軌道施設には瑕疵があったといわなければならない。そして、被告が、本件現場付近の軌道およびその付帯設備を占有していたことは前示のとおりであり、右の軌道施設の瑕疵が本件事故の原因をなしたことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、民法七一七条により、被告は本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

三、被告は、原告らに被害者らの線路内立入を放任した監督義務者の過失がある旨主張するので、この点につき判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告らおよび亡みゆき、亡智美らが事故当時居住していた名古屋市南区呼続町八丁目五五番地の三富士見荘アパートは、南北に走る名古屋本線とほぼ平行にその約一〇〇メートル西側に南北に通じる旧東海道から、東に通ずる幅員約二メートルの未舗装の露地を東に約一三メートル入った同露地の北側に二階建として南向きに建てられている。右露地は、富士見荘アパートより東方約九〇メートルで名古屋本線の柵に突き当り行き止りの露地となっている。また、富士見荘アパート前から南に幅員約二メートルの未舗装の露地が通じ、同露地は約六〇メートル南で丁字路交差点となっており、同交差点から東方に約九〇メートル進むと、前記枕木柵に至る。被害者らは、富士見荘アパートから、南北の露地を約六〇メートル南進し、丁字路交差点で左折して約九〇メートル東進し本件枕木柵に至ったものと推認される。

亡みゆきは昭和四四年一二月一日生れで、本件事故当時二才一一ヶ月であり、亡智美は昭和四五年三月二五日生れで本件事故当時二才八ヶ月であった。本件事故当日は、被害者両名で午前九時ごろから前記富士見荘アパート玄関先の空地等で遊んでいた。

亡みゆきの母親原告松本潤子は同日午前一一時ごろ、同アパート前露地を東へ約一〇メートルの地点で遊んでいた亡みゆきと亡智美に対し、「そう遠くへ行っては駄目よ」と言い聞かせ、同原告はアパートに帰り洗濯をしていたが、亡みゆきが度々アパートの部屋に出入りしていたので安心していた。同原告は約一時間半後洗濯を終り、同原告の長男のおむつを替えている時に本件事故の知らせを受けた。

亡智美の母親原告山下もと子は亡智美に対し、常々前記旧東海道の車両の通行量が多いため、同道路へ遊びに出ないよう注意していた。当時亡智美は、旧東海道まで遊びに出たり、アパートから遠方まで遊びに行ったことはなかった。本件事故当日原告松本潤子は、アパート前の広場や、露地で遊んでいる亡みゆきと亡智美の側にいたり、声の聞えるような状況でアパートの自室に腰かけたりして監視していた。正午ごろアパートの広場で遊んでいる二人を確認した。その後しばらくして、亡みゆきと亡智美が、今から動物園へ行って来ると言うので、日頃動物園や幼稚園へ行くとか言って露地で遊んでいる二人を知っていた同原告は、旧東海道へは行かないよう注意して二人を送り出し、アパートの自室の入口に腰をかけて戸外を見ることのできる位置にいた。同原告は気分が悪かったため、四、五分位同所で頭をかかえて座っていた時に本件事故発生を聞知した。

以上の事実から考えると、原告ら、殊に原告山下もと子がほんの四、五分目を離したすきの事故であることが認められるけれども、亡みゆき、亡智美は、共に二才数ヶ月の自動車、電車等の乗り物についても最も好奇心の強い年令の幼児であって、ようやくその行動範囲も拡がりつつある年頃である反面、未だ事理弁識能力を備えない年頃であることは公知の事実といってよく、原告らの居住するアパートの約九〇メートル東方には名鉄が走っており、その軌道の柵が前示のような状態(枕木に有刺鉄線が横に一本張ってある状態の簡単なものであること)であったことは、原告らとしては当然認識し得たはずであるから、原告らは自動車に対する注意のみでなく、名鉄電車に対する危険についても十分認識し、未だ事理弁識能力を欠く本件被害者らの行動の監視を怠らない注意義務があったものというべく、この点の注意を欠いた原告らの過失も重大である。この点の過失は、被害者側の過失として、被告の原告らに対する損害賠償額の算定につき斟酌すべきであると考える。

四、損害

(一)  逸失利益

前記認定の如く、本件事故当時、亡智美は二才八ヶ月、亡みゆきは二才一一ヶ月であった。右両名の平均余命はいずれもおよそ七四年(厚生省、昭和四六年簡易生命表による。)であるところ、その就労可能年数はいずれも一八才から右平均余命の範囲内の六三才までの四五年間とみるのが相当である。昭和四七年度の労働省労働統計調査部の賃金センサス第一巻第一表によれば、同年における女子労働者の全国企業計、新高卒以上一八才ないし一九才におけるきまって支給する現金給与額は金四万二、一〇〇円、年間賞与その他特別給与額は金五万五、〇〇〇円であるからその年額は合計金五六万〇、二〇〇円となる。右金額から相当と認められる生活費五割を控除した年額金二八万〇、一〇〇円を基礎に、右両名の一八才から六三才までの四五年間の逸失利益の現価をホフマン式計算方法によって年五分の中間利息を控除して求めると(ホフマン係数一六・三七三九)、各金四五八万六、三二九円となる。これに、前記被害者側の前記過失を斟酌すると、右両名の逸失利益として被告に請求することのできる金額は各金三二一万〇、四三〇円となる。原告らの自認する養育費用については、当裁判所は、この控除を相当でないと考える。(最判昭和三九年六月二四日、民集一八巻五号八七四頁参照)

原告山下憲之、同山下もと子が亡智美の父母であること、原告松本正之、同松本潤子が亡みゆきの父母であることはいずれも当事者間に争いがないから、原告らはいずれも右金額の二分の一宛相続したことが認められ、その金額は各金一六〇万五、二一五円となる。

(二)  慰藉料

本件事故の態様、原告らの身分関係、前記被害者側の過失その他諸般の事情を総合すると、亡みゆきおよび亡智美の各固有慰藉料と各原告らの固有慰藉料との各合計は各金一一五万五、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(三)  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起追行を弁護士鶴見恒夫に委任していることは記録上明らかである。本件訴訟の内容、経過、認容額等を斟酌し、原告らにおいて訴訟代理人に支払う弁護士費用のうち、被告に対し損害賠償として請求し得べきものは各金二二万三、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(四)  以上(一)ないし(三)を合計すると、原告ら各自につき各金二九八万三、二一五円となる。

五、結語

以上の次第であるから、原告らの請求は各自金二九八万三、二一五円と、夫々これに対する本件事故の日の翌日である昭和四七年一一月二九日から各支払ずみまで、民法所定の各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求は、いずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 安原浩 木下順太郎)

<以下省略>

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